逸ノ城引退 [その他]
・逸ノ城が現役引退へ 腰痛完治せず4日にも引退届を提出、角界を去る
突然の発表でした。ただでさえ先場所十両優勝で幕内復帰を決めている上、番付編成後に引退発表というのは通常では発生しないので、よほどのことがあったのではないかと思います。引退理由にあげた腰痛などの怪我は確かに事実でしょうが、辞める決断までにはいろいろな要素がありそうです。会見場での逸ノ城および湊親方の振る舞いも安定した関係であればこうはなっていないでしょうしね。
入幕直後の大活躍は素晴らしかった一方で、当時から湊親方に扱えるのかというような話も出ていたように記憶しています。最近の出場停止に至る一連の行動はその責任は逸ノ城に帰せられるものではありますが、そうした懸念が当たってしまったようにも。そしてそうなってしまうと他の部屋が引き取るというのも難しかったでしょう。
まあそうした事情を外から把握するのは難しいので。ただスケールの大きな大器が結局未完のまま終わってしまうことを残念に思っています。
突然の発表でした。ただでさえ先場所十両優勝で幕内復帰を決めている上、番付編成後に引退発表というのは通常では発生しないので、よほどのことがあったのではないかと思います。引退理由にあげた腰痛などの怪我は確かに事実でしょうが、辞める決断までにはいろいろな要素がありそうです。会見場での逸ノ城および湊親方の振る舞いも安定した関係であればこうはなっていないでしょうしね。
入幕直後の大活躍は素晴らしかった一方で、当時から湊親方に扱えるのかというような話も出ていたように記憶しています。最近の出場停止に至る一連の行動はその責任は逸ノ城に帰せられるものではありますが、そうした懸念が当たってしまったようにも。そしてそうなってしまうと他の部屋が引き取るというのも難しかったでしょう。
まあそうした事情を外から把握するのは難しいので。ただスケールの大きな大器が結局未完のまま終わってしまうことを残念に思っています。
2023-05-05 22:20
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ぐだぐだ紀行2023春(その3) [旅行]
【4月11日】長崎→島原鉄道→松浦鉄道→小倉
3日目は朝の長崎駅からスタート。新幹線は開通しましたがまだまだ工事中です。完成は2025年のようですが、今年の秋ぐらいからホテルとかいろいろできてくるようなので、しばらくしたら全く様相が違ってくるのでしょう。
まずは在来線で諫早まで移動して島原鉄道へ。鉄印は未加盟のためありませんが、諫早湾を目の前に進んでいくということで楽しみにしていました。
ちょっと曇ったりということもあって対岸まできれいに見通せたわけではなかったのですが、諫早湾を前にする眺めは良いものでした。途中、サッカーのまちということで有名な国見を通ったりしつつ島原港へ。
かつてはもっと先まで続いていた名残がまだ残っています。今となっては駅前の地図にしか痕跡はないのですが。
折り返しまで1時間ほどあったのでお土産品とかを見に島原港へ。ここから熊本とか大牟田に向かうフェリーが出ていました。計画立てるときに意識してなかったんですが、松浦鉄道と甘木鉄道を巡る順番を入れ替えてここからフェリーに乗っても良かったかもしれません。というか函館とか大洗とかで見るたびフェリーに乗りたくなるんですよね。どこかで乗りたいです。
諫早に戻ったあと大村線のシーサイドライナーで佐世保に向かいました。大村湾に沿った大村線の車窓は国内屈指のものだと思います。全面に広がる海は良いものです。佐世保についたあとはしばらくウロウロしたあと駅近くの食堂で皿うどんを。思った以上に量が多かったです。
鉄印を入手したあと松浦鉄道に乗車。伊万里まで2時間半乗りっぱなしなのに車内にトイレがなくちょっと不安になったのですが、日本最西端の駅であるたびら西平戸駅で10分ほど停車時間があったので、その間に行けました。
その西平戸を過ぎると左側に海が広がります。松浦付近の工場地帯と、伊万里近くの海岸線の風景がきれいでした。伊万里で乗り換え、そのまま終点の有田まで乗車。
有田からは特急と新幹線で泊地である小倉に移動。博多までの特急では前面展望席(自由席)があいていましたので、そこに着席。運転席側は夕方外が暗くなってきたところでカーテンが閉められましたがこちらはあけられていたので鳥栖や博多の複雑な配線なども見ることができました。
小倉に移動したあとはホテルに荷物をおいたあと競馬場から先を乗っていなかったモノレールに乗車し、小倉に戻って1回だけQMAをしたあと回転寿司屋で食事をしてホテルに戻って就寝しました。
というあたりで次項に続きます。
3日目は朝の長崎駅からスタート。新幹線は開通しましたがまだまだ工事中です。完成は2025年のようですが、今年の秋ぐらいからホテルとかいろいろできてくるようなので、しばらくしたら全く様相が違ってくるのでしょう。
まずは在来線で諫早まで移動して島原鉄道へ。鉄印は未加盟のためありませんが、諫早湾を目の前に進んでいくということで楽しみにしていました。
ちょっと曇ったりということもあって対岸まできれいに見通せたわけではなかったのですが、諫早湾を前にする眺めは良いものでした。途中、サッカーのまちということで有名な国見を通ったりしつつ島原港へ。
かつてはもっと先まで続いていた名残がまだ残っています。今となっては駅前の地図にしか痕跡はないのですが。
折り返しまで1時間ほどあったのでお土産品とかを見に島原港へ。ここから熊本とか大牟田に向かうフェリーが出ていました。計画立てるときに意識してなかったんですが、松浦鉄道と甘木鉄道を巡る順番を入れ替えてここからフェリーに乗っても良かったかもしれません。というか函館とか大洗とかで見るたびフェリーに乗りたくなるんですよね。どこかで乗りたいです。
諫早に戻ったあと大村線のシーサイドライナーで佐世保に向かいました。大村湾に沿った大村線の車窓は国内屈指のものだと思います。全面に広がる海は良いものです。佐世保についたあとはしばらくウロウロしたあと駅近くの食堂で皿うどんを。思った以上に量が多かったです。
鉄印を入手したあと松浦鉄道に乗車。伊万里まで2時間半乗りっぱなしなのに車内にトイレがなくちょっと不安になったのですが、日本最西端の駅であるたびら西平戸駅で10分ほど停車時間があったので、その間に行けました。
その西平戸を過ぎると左側に海が広がります。松浦付近の工場地帯と、伊万里近くの海岸線の風景がきれいでした。伊万里で乗り換え、そのまま終点の有田まで乗車。
有田からは特急と新幹線で泊地である小倉に移動。博多までの特急では前面展望席(自由席)があいていましたので、そこに着席。運転席側は夕方外が暗くなってきたところでカーテンが閉められましたがこちらはあけられていたので鳥栖や博多の複雑な配線なども見ることができました。
小倉に移動したあとはホテルに荷物をおいたあと競馬場から先を乗っていなかったモノレールに乗車し、小倉に戻って1回だけQMAをしたあと回転寿司屋で食事をしてホテルに戻って就寝しました。
というあたりで次項に続きます。
2023-05-05 14:47
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